Live and let live.


by ek_cat5

ゴルトベルク変奏曲

2017年11月8日(水曜日)20時開演

於:カフェ・モンタージュ


ヴァイオリン:白井圭

ヴィオラ:小峰航一

チェロ:辻本玲


シトコヴェツキーによる弦楽三重奏でのゴルトベルク変奏曲.

実演ではチェンバロでの演奏で聴くことの方が多いけれど,音源としてはトッパンホールでの日下さんたちの演奏のものが気に入って,よく聴いている.

この日は前日にも同じ演奏会が行われていた.演奏を聴き始めた瞬間に2日連続で行けばよかったと激しく後悔することになる.


モンタージュに到着したのは開場10分ちょいくらい.

それなのに,結構ギッシリと席が埋まっていた.

皆様の期待の高さというものがいつも以上に感じられる.

基本的に私は後方で聴くのが好きなのだけれど,後方がそれなりに埋まっていたので,止むを得ず前方へ着席.


白井圭さんの背後霊のようなポジション(白井さんが私の1mちょっと前くらいで演奏されていた)だったのでヴァイオリンのパート譜を見ながら聴いていた.

トッパンで演奏された音源を聴くだけでは(私には)分からなかった箇所が可視化されたような気がして

「うわー、ここ、こうなってるのかー」

と,新鮮な気持ちになりつつ聴いていた.

想像以上に複雑な楽譜に驚きつつも,編曲者のシトコヴェツキーにも,そして,演奏者の方々にも尊敬の念しかない.


名手たちによるゴルトベルク変奏曲は美しすぎて,何だか胸がいっぱいで,何も言えなかった.

終わってしまうのがただただ悲しかった.そして,途方もなく美しかった.


演奏が終わって,鳴り止まない拍手の中3人がバックヤードと表とを3回くらい行き来しただろうか.

皆,名残惜しそうにしている中で,オーナーの高田さんがポツリと.

「終わっちゃいましたね」

と呟いた.

この一言が,まさに私の胸中を表していた.きっと私だけではなく,会場にいた皆も同じ気持ちだったと思う.


終わってしまうのが悲しすぎて寂しすぎてどうしようもなくなるような演奏会は本当に久しぶりだった.



開演前におなじみの高田さんのお話.

「シトコヴェツキはヴィルトゥオーソ的な要素が強く,ヴァイオリンだけではなくヴィオラもチェロも『これもやるの?!』というくらい混んでいて」

というくだりがあった.

スタンバイしていた3人にも聞こえたのだろう.

大爆笑している声が奥の方から...


ヴィオラの小峰さんは演奏されている姿をよく見ることができたのだけれど,これだけヴィオラがせわしなく演奏しているのは,なかなか無いのではないだろうか(ヴィオラ・ソナタなど除いて).



バッハ.

本当に凄いなと改めて思った.

この日は夕方まで微妙な日だったけれど,20時以降は幸せでたまらなかった.

昨年までと比べると,演奏会に数としては行けてない.

でも,そんなことも帳消しにするようなバッハ.

思い出しても,まだまだ泣けてくる.

それくらい,幸せな時間だった.


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# by ek_cat5 | 2017-11-09 09:54 | 観ました&聴きました

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団

2017年11月4日(土曜日)16時開演

於:フェスティバルホール


指揮:アンドリス・ネルソンス

ヴァイオリン:ギル・シャハム

ボストン交響楽団


前半のチャイコン。

ソリストのシャハムの名演に惚れ惚れ。

チャイコンは(意図的に避けているので)ここ最近そんなに聴いていないのだけれど、名手が演奏するとこんなにも

「ずっと聴いていられる」

作品なのかと思った。

チャイコン。

作品としては素晴らしいとは思う。

とはいえ色々詰め込み過ぎて、並大抵の演奏では聴いていて

「あ、もうここまでで…」

と言いたくなることがある。

シャハムは、何と言うか。

ヴァイオリンが自ら歌っているかのような生命力。

うまいとか、きれいとか。

それらを超えた強さと言うか。

こういう、力んでない力強さがやはりコンチェルトで真ん中を演奏する人なんだなと思った。

スタミナとかトレーニング云々ではなくて。

真ん中で演奏する人として育ってきたんだろうなという印象。

アンコールのバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番より「ガヴォット」。

こちらも素晴らしかった。

生命力溢れる演奏って、やっぱり良いですね。


後半はショスタコ11番。

1905年当時のロシアの不安定さが、とても今の日本では他人事には思えず…。

名演だったけれど、強烈過ぎて… 聴きながら苦しかった。

ネルソンス自身もアンコールの前に

「ショスタコーヴィチは最もドラマティックであり、だからこそ演奏に悲しみや痛みを伴う」

と話していたけれど、今日の演奏はまさにそれ。

名演が故の苦しさを感じた。

スネアドラムがショスタコーヴィチの作品では足音になったり、銃声になったりする。

スネアの奏者が本当ぬ素晴らしくて、強く胸を締め付けられるような感覚になる。

途中で呼吸がうまくできなくて、何とも言えぬ気持ちで演奏を聴いていた。

ショスタコーヴィチ。

好んで聴く作曲家というわけではなかったけれど、折に触れて聴くべき作曲家なのではないかとも思った。


完全な私見だけれど、ボストンの素晴らしく鳴らす演奏とフェスティバルホールの"huge"な箱はよく合っていたように思う(ネルソンスが"huge hall"と言っていた)。

大曲の後のアンコール2曲。

ショスタコーヴィチの「モスクワ・チェリョムーシキ」より「ギャロップ」と、バーンスタインの「オーケストラのためのディベルティメント」第2楽章。

ギャロップはその名の通り、弾けて踊らんばかりに楽しそう。でも演奏はきっちり。

ディベルティメントは弦の美しさを堪能した。


今日は周りのお客さんにも恵まれていた。

会場内ではチリーンとか、カサカサとかゴホゴホとか聞こえていたけれど、私の周りは全くの無音。

呼吸しているかどうかも怪しいくらい静か。

こんなに周りの環境に恵まれることはそうそうなくて、純粋に演奏に集中できたことに感謝。


2時間半の演奏会が終わり、会場から出ると綺麗な満月が頭上に見えた。

とても充実した気持ちを携えて、帰途についた。


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# by ek_cat5 | 2017-11-05 10:12 | 観ました&聴きました

京都大学 x CHANEL NEXUS HALL

「科学と音楽の出会い-Encounters between Science and Music」


2017年10月28日(土曜日)

於:京都大学 基礎医学記念講堂


「宇宙の音」京都大学生存圏研究所 大村善治


ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番ヘ長調作品96「アメリカ」

ボロディン:弦楽四重奏曲第2番ニ長調より第3楽章ノクターン


ヴァイオリン:枝並千花,毛利文香

ヴィオラ:中田美穂

チェロ:加藤文枝


電磁物理の講演会&演奏会という催し.
医学研究科,疾患ゲノム疫学の松田文彦先生がCHANELリサーチアンドテクノロジーと皮膚関連の研究をしていることに端を発したものだったらしい.
前半の「宇宙の音」についてご講話くださったのは生存圏研究所(宇治キャンパス)の大村善治先生.
地球と磁力線の基礎的な説明に始まり,モールス信号の頃に使用されたVFLトリガー放射の話.
今や衛星のGPS に取って代わられたけれど,潜水艦のナビにはまだ使用されていることなどの話が続く.
衛星で拾うことのできる「宇宙の音」は単一のコヒーレント振動でモデル化できる辺りは最先端の話.
周波数の位相を表すサインカーブに振幅を乗じて波の包絡線の形を求めることで固有の瞬時角周波数を求めるのだが,信号が減衰するためモデルの想定は一筋縄ではないかないことも頷きながら聞いていた.


後半はCHANELの代表取締役社長であるリシャール・コラス氏が演奏の前に大変流暢な日本語で挨拶.
銀座のビル4階では非常に我々としても重要視している音楽プログラムを定期的に開催していること.

毎年5名の若い演奏家に約50回の演奏の機会を提供していることを説明されていた.
2018年度の募集をしたところ5名の定員に対して90名が応募したらしいので,相当な激戦であることが窺い知れる.
音楽が好きな皆様はよくご存知のことであるが,素晴らしい技術を持つ若い演奏家は各音大に多くいらっしゃるが,彼ら彼女らに足りないのは「お客さんとの出会い」だと.
聞けば素晴らしい方であることは間違いなのだけれど,

「まず聴いてもらう」

という機会が若い人は圧倒的に少ない.
その点を打開したく,このようなプログラムを始めました。と仰っていた.
かつて,ガブリエル・ココ・シャネルがロシア革命でパリに移ったストラヴィンスキーにそうしたように.
そういう意味では創業者の意図をしっかりと現在に至るまで汲んでいるという企業の姿勢に,私は感動した.
なぜ毎年5人かというと,やはり「5」は我々CHANEL社にとって「Fortune numberだからね」という発言に皆納得(笑).


今日は開演前に地下の医学資料室を見学することができた.
大正9年の学生ノートなど(流石にこの時代はドイツ語でノーテーションしていたのね)見学しつつ,最後の展示が実際に使われていた解剖台.
明治時代から昭和30年代まで使われていたそれは大理石でできた楕円の大きな石.

様々なことを思いつつ,解説文にある
「ご遺体は我々の教師であり,今日に至っても畏怖の念は続いています」
という文言.

医学部で解剖実習をする際には(私の知る範囲では)合掌から始めるし,解剖の担当教員は,やはり上記のことと同じことを言う.
この石を見て,自分の実習を思い出さずにはいられなかった.


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# by ek_cat5 | 2017-10-29 08:59 | 観ました&聴きました

第58回市民会館名曲シリーズ〈ヴェートーヴェン・ツィクルスⅢ〉

2017年10月19日(木曜日)18時45分開演

於:日本特殊陶業市民会館フォレストホール

指揮:ラルフ・ワイケルト

ピアノ:北村朋幹

管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団

コンサートマスター:日比浩一

ベートーヴェン

序曲「コリオラン」作品62

ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品19

交響曲第2番ニ長調作品36

この日は名古屋へ向かう道すがら,知人の訃報を知る.

まだ若い彼女の死を咀嚼できないままホールに着いた.

ちゃんと音楽を聴けるか不安もあったが,音楽に今日は救われた気がした.

北村さんのコンチェルトが聴きたくて来たけれど,名フィルとワイケルトの奏でるベートーヴェンは室内楽のような一体感と研がれた美しさが際立っていたように思う.

本当に失礼ながら申し上げると,「名フィルってこんなに上手かったっけ??」と思うくらいの(本当に,すみません...).

今まで聴いたオケの印象と全く違っていて驚いた.

楽しみにしていた北村さんの2番は何にも埋もれない自己主張があるのに,どこまでもオケに寄り添い溶け合う詩的な魅力があった.

うまく言えないけれど,聴き手と音楽を共有してくれるような演奏だったなと思う.

人によっては我の強い押し押しの演奏をされる方もいて,それはそれで楽しいけれど,この日の北村さんの演奏は,まるで作曲家本人が

「こういうの書いたんだけど,どうかな」

と傍で演奏してくれているような,そんな音楽を介しての時間と空間の共有感があったように感じた.

あんな広い会場なのに室内楽みたいな慈しみ深い響きだった.

鳴り止まない拍手の中,北村さんのアンコール.

演奏された6つのバガテルを聴くのは多分2度目だが(2015年の江副で北村さんの演奏を聴いている),とにかく弱音が繊細に響いて美しかった.

時々,聴き手に聴き方を委ねるような余白のようなものが垣間見える.

そんな時に往路で触れた訃報を思い出し,涙が出てきた.

後半の交響曲2番も前半からの期待が,そのままの煌めきのような音で満たされていた.

時に光り輝き,時に思慮深く,時に儚く.

美しい世界を見せてもらえたような気がした.

アンコールのキプロスの女王ロザムンデはまさか聴けると思っていなかったので,この時間が終わってしまうのが悲しくてとにかく必死で聴いていた.

悲しいこともあるのが人生の常であれば,それを和らげる術の1つとして音楽が存在するのかもしれない.

そんな事を考えさせられたこの日の演奏会だった.

【アンコール】

・6つのバガテル作品126より第3番変ホ長調アンダンテ

・シューベルト 劇音楽「キプロスの女王ロザムンデ」作品26より間奏曲第3番


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# by ek_cat5 | 2017-10-20 09:14 | 観ました&聴きました

JSPS

そろそろ科研費の締切である.
弊学は16日までの早期提出者に対して手厚いチェックをしてくれるという話だったので,一応16日中には提出した.

しかしながら,3限の授業が終わって(自分としての)最終確認をしてアップロードしようとしてみたら,エラーばかり出てしまう...
なんでやねん...と思いつつ学内での提出は諦めて,自宅に持ち帰り帰宅後にアップロードしてみた.

なんとか無事にアップロードできて,科研費の担当者が確認できるようになったのでほっと一息.
弊学科のH先生には非常に有益なアドバイスをいただいたので,提出の報告を一応しておいた.

一人でやっていると,どうしてもふんわりとした申請書にしかならなかったけれど,研究機構の担当の方のお話や,学内での科研費の調書の書き方セミナ,そしてH先生のおかげで,自分の調書の良くない点である「ふんわり感」は改善されたようにも思う.
曖昧な点を極力無くそうと努力した今回の調書.
まだ担当事務の方のチェックが終わっていないので,「ここ直してくださーい」とお声がけされるのは今か今かとドキドキしている.

なお,夕方にJSPSのサイトが重かったのは特別研究員の発表があったかららしい(きっと).
ちょうど10年前.
今や懐かしい思い出ですな.

あのおかげでULBに行けた.
偶然にも昨日のお昼過ぎにJacquesから連絡があり,嬉しく,懐かしかった.
来年のECSS,行けると良いな.

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# by ek_cat5 | 2017-10-17 09:11 | study

出る杭は

表題のような諺があったり,それを文字ったキャッチコピィが散見されたりとする.
個人的に言うと「何となく自分の存在感を誇示したいように見える声高なヒトは,何だかやばいような気がする」というような感覚的な恐れから諺のようなものが生まれたのかなとも思う.
大人しく状況を観察することも,また一つのストラテジィかなとも思う.
良い悪いの問題ではなく,安全かどうかと言う話.

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# by ek_cat5 | 2017-10-13 08:06 | 些末なつぶやき

ヨガ教室

学生相手ではなく,一般向けにヨガ教室をやりました.
お子さん連れの方が多かったけれど,賑やかで楽しゅうございました(^^)

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# by ek_cat5 | 2017-10-07 17:02 | 日常
昨日から着々とCON-TREXを使えるようになって来ました.
設定した角速度に達しているかは微妙ですが(たぶん達していない),とはいえできるようになることが増えるのは嬉しいことです.
また,色々と試してみましょう.

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# by ek_cat5 | 2017-10-05 10:56 | study

大事と小事

今朝,ぼんやりしていたら地下鉄の駅を一つ乗り過ごした.
今朝,この秋一番の冷え込みとなったので着ていくものを少し暖かいものにした.
今朝,信号で一度も止まらないまま通勤できた.
今朝,母よりお祝いメールが来た.
今朝,姉からもお祝いメールが来た.
今朝,職場でのホットーコーヒーを再開した.
今朝,あまり見かけない形の雲が空に浮かんでいた.

また,新しい1年が始まった.
良い1年に,とか充実した1年に,ということではなく,よく考えて,雑なことは言わずに,人にも物事にも真摯に向き合うよう努力する1年にしていきたい.
落ち着いた言動を心がけられるよう,気持ちに余裕を持ちたいものですな.

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# by ek_cat5 | 2017-10-05 08:37 | 些末なつぶやき

時間の相対的な感覚

楽しい時間ほど早く過ぎていくものだなぁ,と実感する.
有意義な話題提供が相互にできて,それに関する論議が為されたことは今後につながる良いきっかけになったとも思う.

今後,研究としてどのように発展させていくことができるか,色々と考えたいと思う.

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# by ek_cat5 | 2017-10-04 08:11 | 日常